環状線唯一の踏切があった場所へ聖地参り

大阪環状線がぐるっと1周輪になったのは昭和36年です。大阪から天王寺の外回り(天満・京橋・鶴橋方面)は明治時代にできていて、今のJR難波を起点とする関西本線が湊町から今宮から天王寺を通り奈良に行っていましたが、大正方面は港区の福崎の方に行く貨物線でした。同じく内回り(福島・西九条方面)も安治川に行く貨物線や野田から中央市場に行く貨物線で特に尻無川を渡ってつなげようという声はありましたが長く実現しませんでした。
しかし、1961年(昭和36年)4月25日にぐるっと輪になって大阪環状線が誕生したのです。

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そして、長いこと大阪環状線には1ケ所だけ踏切がありましたが、大阪環状線が止まると阪和線・大和路線にも影響が大きいとのことで、2012年7月1日にその踏切がなくなりました。
今日久々に新しくなった天王寺公園(通称:てんしば)に行ってきたので、その唯一の踏切があった場所(一ツ家踏切)跡に行ってきました。
大賑わいのてんしばの天王寺動物園側へ

下の道路に出て環状線沿いを歩くと踏切があったころの面影がありました。

間違いなく踏切があったのはここです。

上を走っているのは外回りの環状線で、内回りから阪和線・関西本線に向かう電車をまたぐ線路。

この角度なら元踏切感がでてますね。

天王寺動物園側から国道43号線の方を眺める。向こうはどうなってるんでしょうね。

向こう側に行くには踏切が無いので、新今宮の駅手前のジャンジャン横丁のガードをくぐるか、天王寺駅上の道を渡るしかありません。天王寺駅方面から行くことにしました。途中APAホテルと隣の間からてんしば前にあるホテルの看板のお城が見える絶景スポットを見つけました(爆)

途中線路を除ける場所があってそこから線路を見ると、35キロ制限の看板と今池方面に曲がっている線路の跡が。ここは昔南海電鉄の天王寺支線が走っていました。

そして一ツ家踏切の反対側に到着しました。

踏切があった場所は行き止まりになっていました。

外回りの関空・紀州快速がやってきました。

もう少し時間があるので南海電鉄の天王寺支線跡の面影を探しに歩いてみました。
ここが43号線と交差する場所。

新今宮駅手前のジャンジャン横丁へと続くガードまできました。

43号線を渡り山王方面に行くと、南海電鉄の天王寺支線跡の面影が

この辺りの公園は出入り自由だとお住まいにされるので地域の方が鍵を管理して時間内だけ開錠するそうです。

南海電鉄の天王寺支線跡の面影を見た後はジャンジャン横丁の方に戻り、新世界(通天閣)の方へと消えていきました(笑)

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