東吉野へキャンプに行きました~ ⑤

<前回のあらすじ>
東吉野村を探索して『オフィスキャンプ東吉野』を見学しました。

天誅組と東吉野村

『オフィスキャンプ東吉野』の見学を終えて村の中心街小川を歩く。
昔柿の葉寿司を作っていたお店。

柿の葉寿司の看板が

右にあう看板のいかり屋さんは営業してました。いかり屋さんって旧彦根藩脇本陣「碇屋」と関係あるのかと思ったら、左のポストがある家が昔の「碇屋」間の看板は天誅組の那須慎吾が撃たれた場所。那須慎吾は吉村寅太郎など天誅組の中心を担う土佐藩の郷士のひとり。家柄は郷士であるが、土佐藩の家老を務める浜田光章の三男として生まれる。幼くして父を失ったため、郷士・那須俊平の娘婿となる。明治まで生き残った田中光顕の叔父にあたる。
那須慎吾最後の地

このいかり屋さんの前に立派な旅館風の建物がありましたが、今は営業していなさそうでした。
旭亭

ここは東吉野村起業家支援施設チャレンジショップ「KAMEYA」さん。
東吉野村起業家支援施設チャレンジショップ「KAMEYA」

飲食店のお試し開業のできるチャレンジスペースです。この村では『オフィスキャンプ東吉野』に続く新たな雇用創世の試みです。

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和菓子屋さんもありました。和菓子屋西善さん。その奥に南都銀行の看板も見えますね。
西善

そして釣具屋さんも数件ありました。
河口釣具店

店先にはおとりの鮎が泳いでいます。鮎の友釣りって、おとりの鮎に掛針をつけて泳がすと追っ払おうとやってくる鮎をひかっけて釣ると言う手法ですが、これでなんで「友」なんでしょうかね^^;みやげ鮎とも書いてあるので、オトリだけであなく、お土産用としても売っているのかもしれませんね。

それと東吉野村にはコンビニがありません。なので酒やつまみは酒屋さんで買うのがいいかと思います。
一原酒店

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天誅組の碑は村のあちこちにあります。天誅組は攘夷親征の詔勅に先駆けて38名の志士が攘夷派公卿の前侍従中山忠光を主将に迎えて京を出発し、幕府天領の大和国五条代官所を襲撃した。この次の日京都では八月十八日の政変が起こり、大和行幸は中止となり京の攘夷派は失脚してしまう。このたった1日の差という歴史のいたずらが、志士の今後の人生を変えてしまうことに。
拠点が欲しい天誅組は高取城を攻めるが逆に敗走。十津川村に逃げて再起を図るが、朝廷から天誅組を逆賊とする令旨がでると十津川を出て伊勢方面に逃げようとしたところをこの東吉野で幕府軍に捕捉され壊滅した。

まだまだいっぱい書きたいことがある。自然いっぱいの東吉野村!
ニホンオオカミや天誅組の歴史のふるさと、そして過疎高齢化の村に若い人が移住しやすくする仕組みづくり。あとは大自然いっぱいの環境。大阪から車で2時間かからないというアクセスの良さもすばらしい場所です。

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