儀礼的無関心(civil inattention)

人は一人では生きていけません。逆に隣の人に自分のすべてを知られるということがあったらそれは苦痛です。人は話の会話や実際の距離でこれ以上入って来られるとストレスを感じるってことがあります。

庵野秀明監督の新世紀エヴァンゲリオンではそれを『ATフィールド』と言っていますが、なかなか的を得た表現だと思います。作中で赤城リツコが『ヤマアラシのジレンマ』ってご存知?と説明くさい台詞がありますが、『ヤマアラシのジレンマ』とは哲学者ショーペンハウエル氏の寓話を元に心理学者フロイト氏が作った人間関係に関するたとえ話。人間関係で、お互いに近づきすぎると傷つき傷つけてしまい関係が悪化する。かといって距離をとると疎遠になり、親密な関係が築けない。人にはそれぞれの最適な距離感があるというお話。

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新世紀エヴァンゲリオンは実はこのように心理学を学べる内容が隠されていて、後半でも『自由』とは何かを考えさせられるシーンもあり、中々奥深い作品です。

『ヤマアラシのジレンマ』では近づきすぎるとお互いが傷つき、距離をとると疎遠になり、親密な関係が築けない。と言うのは書いてある通りなのですが、地方の暮らしと都会の暮らしではまったく違います。

社会学者「アーヴィン・ゴフマン」が提唱した概念に儀礼的無関心(civil inattention)というのがあります。

都会に住むものとして、他人に対して無関心を装うように振る舞うことがルールのようになっています。これは電車やデパートなどのエレベーターの中などがわかりやすいです。

例えば電車の中で見ず知らずの人が自分が欲しい商品を買った箱らしき包みを持っていても決して「ええの買わはりましたね。それ私も欲しいんですわ」とは言わないです。

また儀礼的無関心(civil inattention)は無視はしません。

マンションで住民同士がすれ違うと挨拶はします。ただし挨拶だけです。

都会に住んで今コミュニティづくりと言われていますが、地方と異なるのはこの儀礼的無関心(civil inattention)という特徴があります。そして、人が多いのでコミュニティができた時に人数が多いことが多くそこに集団が大きくなるにつれて、集団の構成員1人あたりの能力発揮は低下していく「リンゲルマン効果」も加わり、下手をすると前に進まない状態になります。

このリンゲルマン効果を打ち破るのが『大阪のおばちゃんのお節介』だと最近思うんですが、お節介バンザイかと思うと、それが『ヤマアラシのジレンマ』のお互いが傷つくことにいきつくような気がして、難しいなぁと思っています。

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