「1人で死ね」議論に今一番必要なもの

令和に元号が変わったばかりの5月28日に神奈川県の川崎市で私立小学校の児童・保護者らが刃物を持った男に襲われ、2人が死亡し、17人が重軽傷を負った事件が起こった。
男は自殺に多くの無関係の人を巻き込んだものと見らる。

「死にたいなら一人で死ねばいいのに」

そんな51歳の犯人にネットでもリアルの世界でも、「死にたいなら一人で死ねばいいのに」という憤りの言葉が飛び交っている。それに対して、『下流老人』の著者でもあり社会福祉士、NPO法人代表の藤田さんはYahoo!ニュースで「川崎殺傷事件「死にたいなら一人で死ぬべき」という非難は控えてほしい」という記事をアップ。
社会全体でこれ以上、凶行が繰り返されないように、他者への言葉の発信や想いの伝え方に注意をいただきたいというメッセージを受け取った方もいましたが、これに対して、
・この人の意見に私は絶対反対です。「死にたいのなら一人で死ぬべき」は正論です。
・お前がやってる「弱者救済」商売に繋がることを憶測で即座に書く神経を軽蔑する
のような意見を持っている方の投稿も見ました。

立場が違えば考え方も違う

藤田さんの意見に反対的な意見をみると身内で不幸があってもそんなこと言えるのかというようなどんな立場でもその考えは言えるのかという意見が多い。しごくもっともである。

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ではやはり 「死にたいなら一人で死ねばいいのに」 だのだろうか

「死にたいなら一人で死ねばいいのに」 は、自殺するなら他人を巻き込むなというそもそも論としては正しい。圧倒的に正論です。でもさまざまな問題を抱えている現代社会で、凶行が繰り返されないように、他者への言葉の発信や想いの伝え方に注意すべきという藤田さんの記事のような意見もわからなくもない。コミュニティーソーシャルワーカーという言葉を有名にした豊中市社会福祉協議会の勝部さんは「8050(はちまるごーまる)問題」の名付け親で中高年のひきこもり問題に関してずいぶん前から警鐘を鳴らしていた。

中高年のひきこもり「孤独深まる」
川崎市で児童ら19人が殺傷された事件で、逮捕されたは岩崎隆一容疑者(51)はひきこもりがちだったとされる。社会問題化している中高年のひきこもり。80代の親と同居…

しかし今度はひきこもりの誰もがこうした事件を起こすという偏見が助長されることを危惧されています。

今この事件。何を学べばいいのか

この事件の記事をたくさん読みましたが、私が違和感を感じるのはどれも『枠』にはめようとしすぎでは?と思います。たしかに、物事の根拠や原因がわからないと不安になりますが、今回の事件のように人の心なんていろんな事情を抱えているのです。こんな時に私はケースワーカーの時に教わったことを思い出します。

クライエントのラベリングとカテゴライズは厳禁だよ

福祉を学んで実戦で活動している人はご存知だと思いますが、対人援助をする人は必ず教わる「バイスティックの7原則」という定義があります。アメリカの社会福祉学者のバイスティックさんが定義した相談援助技術の基本です。
この「バイスティックの7原則」 の原則の1つ目が個別化の原則と呼ばれるのですが、クライエントの抱える困難や問題は、どれだけ似たようなものであっても、人それぞれの問題であり「同じ問題は存在しない」とする考え方。この原則において、クライエントのラベリング(人格や環境の決めつけ)やカテゴライズ(同様の問題をまとめて分類してしまい、同様の解決手法を執ろうとする事)は厳禁となる。
世間、特に都会では他人のことなど無関心。むしろ無関心にすることがマナーでもありますが、年金問題も含めこれからは個個のつながりを考えていかなければいけない時代がやっています。
引きこもりと言われる人以外でも多くの人が、人に褒められたりする機会が少なく、自己肯定感を高められて自分の得意なことができる仕組みがどうやったら増えないかと考えています。

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