きっかけ

誰もが、何度でもやり直せる社会へ

33歳の時に医療系の会社から独立してWeb屋をはじめ、ECサイトで当時まだ珍しかったコミュニケーションにおもきをおいたシステムを構築、納入先の売り上げを飛躍的に伸ばす。

親の介護が必要になり、同居が開始。これを機に納品に走り回ることを辞めて、自宅を拠点に仕事ができるように自ら作ったサイトで近郊のこだわり野菜を販売する野菜屋を開業する。
しかし、精神的に不安定な親に心理的虐待を受け、別居を決意するのだが、そこから先は語りつくせない苦労の連続が

とにかく上を向いて歩こう

親と同居している家を出る時に1ケ月間、東京大学教授安冨教授に助けていただきました。その時にこれを読みなさいと言われ渡された先生の著書「生きる技法」の中にあったこのフレーズ『自立とは多くの人に依存することである』に大泣きする。こんな貴重な場と本に出合え、現実逃避をせずに自分と向き合うことができた。

まぁ済んだことはもういいんだ。これからのことだけを考えよう。私がいじいじしていると妻と、この世に生まれてきた娘に申し訳ないと思い前だけを見ることに。

現実はそんな甘くなかった

人生は何度でもやり直せる。と思ったけど、住居と仕事が同時になくなったのは痛かった。さらに肩書がなくなった40歳のおっさんていうのは、何を言っても誰にも響かない。それは逆の立場でもそう思うから、なおさら自分がむなしくなった。

無からはじめたことは、とりあえず3年間は自分と自分の周りにしっかりしたコミュニティを築こうと思いつき、ローカルメディア『梅田の北っかわ!』をつくり地域の情報を横に共有する仕組みづくりを始める。この横の情報の共有こそが、助け合いや、新しいアイディアを創り出す仕組みだと思います。

今そしてこれから

Web屋で培ったノウハウと今までに知り合った交友関係を元にみんなが住みやすい地域づくりに何かできないかと思っています。その先にCB(コミュニティビジネス)に結びつくようなことがあればうれしいのですが、今は情報発信によって縦のつながりに横のつながりが増えれば地域はもっと優しくなる。そんな想いではじめた地元情報サイト「梅田の北っかわ!」は6万PV/月のアクセスになり、発信する情報の中に地域の課題も混ぜて、関心をもってくださる人のコミュニティを創ろっていきたいと考えてます。

「福祉×デザイン」でみんなが住みやすい地域に!人と人、人と町をつなぐような役目。名前を付けるなら「社会資源コーディネーター」と名乗るのが理解されやすいかもしれません。

2017年より情報発信だけでなく、学びの場になるイベントを開催したり、情報発信(ローカルメディア)、まちづくり、子育て世代の地域活動、防災、地域福祉の分野で講演依頼などもご指名いただけいています。

今こうやって仕事をしながらライフワークでコミュニティーデザインをしている理由は『失敗しても誰かに手を差し伸べてもらえる社会づくり』です。少子高齢化、経済の低迷など日本が抱える課題は多く、昨日まで普通の生活をしていた人がある日突然昨日までの生活が維持できなくなる人がどんどん増える世の中になっていくと思います。

そんな時に一人でも誰かの助けに引っかかってくれるようなセイフティネットがあれば、我が家のようにそこから復活することができます。そんな網の目のメッシュの細かさを少しずつ細かくしていくのが当面の目標です。